目的としての整体テクニック

先日のオンライン整体セミナーの際に気がついた事を書いてみる。

目的としての整体テクニックと手段としての整体テクニックがごっちゃになってしまうと整体のテクニックはとても難しくなると言うことである。

また、講師もこの違いに気がついていないと難しくなってしまう、言い方を変えるとこの目的としての整体テクニックと手段としての整体テクニックをごっちゃにすることによって分かりにくくあたかもとても凄いテクニックだと勘違いさせることができるのである。

世の中の偉そうにしてゴットハンドとか言われちゃって浮かれているセミナー講師治療家はまずこの目的としての技術テクニックと手段としての技術テクニックをごっちゃにしているしその事すら分かってない。

だから偉そうにしていられるんだけどね(笑)

他人の事はどうでもいいけど、、新しく技術を学ぼうとしている人には分かってほしい事であるし、この目的としてのテクニックと手段としてのテクニックを分けることが技術の習得から応用技術にするまでの理解が早いと思います。

それに意味のないセミナーに騙される事もなくなるし、師事をする治療家を見極める指標にもなると思います。

目的としてのテクニックと手段としてのテクニックとはどんな事なのか?

僕の考えるテクニックとは基本的に手段として考えている、整体のテクニックは手段である。

痛みや症状を改善させるための事ばかりを考えるのではなくて、関節や靭帯・筋膜などに通常ではない場所がある時にその通常ではないトコロを通常にするための手段でしかないのである。

痛みや症状が改善されるのは身体が通常に戻った結果でしかないので痛みや症状ばかりにフォーカスを当てる事はない。

しかし目的としてのテクニックというのはこの痛みや症状にフォーカスを当てて技術を考えるのである。

腰痛にはこういうテクニックとか、背中の痛みにはこういうテクニックとか、症状によってテクニックが変わるし、人や状況によってコロコロとテクニックが変化する。

目的としてテクニックを捉えると、答えがあるように聞こえるのでとてもキャッチーな言葉になるし、そんな方法があるのか?と勘違いしてしまう。

治療は来院前から始まり、クライアントが家に帰っても治療の一貫な事もあると考えると身体を触る事以外にも治療として必要な事もあるし、クライアントにどう声をかけるか?どう触れるか?どのようにコミュニケーションをとるかでも治療の効果は変化するのである。

 

ちっと分かりにくい説明になってしまった。。。

 

手段の一つとしてテクニックを学ぶか?

目的としてテクニックを学ぶか?

手段としてテクニックを学べば応用が使えるが目的としてテクニックを学ぶと応用が使えないうえに答えを教えてくれているような錯覚に陥る。

この答えがあるように錯覚されるのが一番困る。。。

技術やテクニックは手段として学ばなければならない。

 

どんな凄いテクニックだろうが、魔法のような技術だろうがそれがあなたの人生の目的なる事はない、整体は人生を充実させるための手段んに過ぎないのである。

技術が治療の目的にならないようにしてくださいね!!

 

 

 

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